罅割れた鏡を見る。
そこに写るのは老いた男だ。
弛んだ頬。長い年月の中刻まれた皺。こめかみの下、薄っすらと浮かんでいる紙魚は老人斑か。
刈り上げられた頭は薄くなった白髪を曝し、もはや吾輩の虚勢を守る術は何一つ無く。
「5870号、前へ」
看守に促され鉄格子ついた扉の外へ出る。
番号で呼ばれることが管理のためではなく囚人のためであることを、吾輩は身を持って知ったのだ。
ここではただ吾は数字である。
失墜した検察官でもなく、家族を省みない夫や父親でもなく、もはや人でもありえない。
かつて、数え切れないほどの人間を送り込んだこの通路。
罪人どもがこの床を、どのような感情と共に歩んだのかは知らぬが、少なくとも吾は、吾輩は静謐な
気持ちで足を前へ進められた。
左右連なる小窓から順番を待つ囚人たちの視線が刺さる。
哀れみか虞か、それとも羨望か。
いつともしれぬ宣告を待つ気持ちは死のそれより恐ろしいか。
見給え吾を。
吾輩は何も虞はしない。通路を行くのはすでに生ける屍者である。
そう。吾輩は既に死んでいるのだ。
十五年前、あの一発の弾丸と共に。
わが魂は既にあの男と共に。
扉を守る警吏が直立不動のまま敬礼した。
吾輩は身じろきもせずにその横を通りすぎる。
看守に挟まれたまま鉄扉を抜け、今まさにエレベーターの前へと。
誰も一言も口を利かず、ただ鉄の塊が持ち上がる音だけが房に響いていた。
いつもそうだ。いつだって吾輩は待っていたのだ。
重く分厚い扉がおのれのために開かれるのを。