二 番 目 に 大 切 な 人
金曜の夜、ぼくは不機嫌だった。いつものことだけど。
便所に立った矢張がいつまで経っても帰ってこないので、必然的にぼくが見に行くことになる。
あとのメンツは女の子ばかりだから。
合コンなんて来たくはなかったけれど、ぼくは今日のエサだ。
独身の若手弁護士に興味津々な女の子たちを放っといて、居酒屋の便所スリッパをつっかける。
個室は二つ開け放されていて、矢張は小用便器の手前、タイルの上にだらしなく尻をつけていた。耳が赤い。
「しっかりしろよ」
肩を揺すると、めんどくさそうに瞼が開いた。酒の匂いが鼻をつく。
「よォ成歩堂。どうよ、盛り上がってる?」
「幹事のお前がいなくてどうするんだよ。みんな待ってるぞ」
「うー?オレはいいよ。ジュンコちゃんもリサちゃんもオマエ狙いじゃねーのかよ。
チクショウ、死んでやる!死んでやるぞォ!」
「どうでもいいよそんなこと。ぼくだけじゃ場が持たない。
……というか、そろそろ帰っていいか?」
立たせようとする手を遮り、矢張は便器を支えに自力で立ち上がった。
そのままジッパーを下ろし、アルコール濃度の高い尿を便器に注ぎ込む。
「なんでえ、一人くらい好みの子はいねえのかよ。
せっかくコネクション駆使してカワイコちゃん揃えたんだぜぇ?
全員モデルだぜ、モ・デ・ル。っかー!もったいねぇ!!」
今日の席が、ぼくのためにお膳立てされたものだとは気付いている。
女の子たちの前で、矢張はぼくに助けられたことを自慢げに話す。
あいつがいなきゃオレはよ、ここに座ってることもできないんだぜ。不必要にぼくを立てる、見当違いの親切。
「なんだよモテんだな成歩堂。
ずりぃよな、オレもベンゴシになりゃよかったな」
わかってない。矢張は何にもわかってない。
御剣が死んで、ぼくがこんなにも不機嫌な理由を。
得意げな矢張の笑顔に、馬鹿馬鹿しさを通り越してなんだか腹が立ってきた。
手を洗う矢張の肩をつかみ、強引に顔を寄せてキスをした。
眠そうな一重が驚愕で見開かれる。
舌も入れてやった。ニコチン臭い舌を引きずり出して吸う。ざまみろ。
「わかったろ」
矢張はぽかんと口を開けて、それから勢いよく嘔吐した。たぶん矢張の月収と同じくらいのぼくのスーツに。
「しょうがないなぁ」
ぼくは苦笑しながら酔っ払いの背中をいつまでもさすっていた。顎に残る髭の感触に反省していた。
汚れたスーツを理由に帰れることと、矢張に嘘をつかずに済むことに、正直安堵もしていた。
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