「邪教徒どもめ」
テレビにみかんを投げつけると、跳ね返ってananの上に転がった。
よっこらとおこた抜け出し、それを拾ってまたおこたに戻りもそもそと皮を剥く。
クリスマスの特番も見飽き、私はこたつに入ったままガイア教の祭壇に手を合わせ、
アラディア神よ、どうか浮かれたアベックどもに天罰を下したまえこの雪ですっ転びたまえと
なげやりに祈った。
私が本気を出せば、アベックどころか東京中の人間が死に絶えるんですもの。
これくらい願ったって罰が当たらないわよねとまたビールを煽る。
大体おかしいわ。
この美しく若い女教師が侘しく自室で過ごしているっていうのに、
なんで邪教の祭りに愚かなる人々が浮かれているのかしら。
いいえ別にクリスマスに一人でいるのが淋しいってわけじゃないのよ。
本当なら私だってあの子と二人でこたつを囲んで先生おれわからないことだらけで、
いいのよ何も言わないで先生の胸にいらっしゃい。
保険の禿にも電話したけど「忙しい」だけで切られちゃうし、
仮にも私は創世の巫女よ?
もうちょっと大切にしたところでバチが当たらないわよねえええええええそうよ。
まあ私も色々な試練を(主にイヌノくんが)乗り越え大人になったわけだし、
別にちょっと気に食わないからってそう簡単に入院したりしないけど。
せめて山のように冬休みの宿題を出して、色気づいた生徒たちが
間違いを起こさないように見守るだけ………。
あらもうビールが空なのねもう一本飲もうかしらでもこたつから出るのが面倒ね。
チャイムが鳴ったわ。クリスマスイブに誰かしら。
でもビールついでだから立ち上がりましょう。
新聞の勧誘とかだったら、
アラディアに祈って馬の糞にしてやろうかしらそうしましょう。
でも玄関先に立っていたのは、
「あら……橘さん?」
やだわ私ったら生徒の前で酒に酔った姿なんて見せて、
なんで千晶さん着物なんて着てるのかしら。もうお正月?
「先生……」
「どうしたのかしら?こんな夜に」
「私、お見合いさせられて」
「あら」
「わたしの家、一般庶民とは違うから、お見合いさせられるのは仕方ないんです。
でも早すぎるわ。大学出るまで待ってくれるって約束だったのに」
「そうね……橘さん、まだ高校生ですものね」
「大体やることが汚いんです。
クリスマスイブに、お父様のお知り合いにご挨拶するだけだからって連れ出されて」
「ええわかるわ」
「だから私悔しくて飛び出してきちゃって」
「問題はね」
「はい」
「なんで先生のところに来たのかしら?
もう冬休みよ」
お嬢様も大変ねぇとみかんを食べながら、
正直、休みのときまで生徒に関わるのはごめんだわ。(約一人を除いて)
でも遅いから立場的に私が送っていかなきゃいけないのかしら。
「あの」
いつもはきはきした橘さんがなんだか口ごもっているわ。
帰りたくないとかごね出したらどうしましょ。
でもまぁ一晩くらいは。クリスマスだし。
「親御さんには先生からも言ってあげる。
本人の気持ちを無視するのはよくないわよね」
「私、家出してきたんです」
「先生も一緒に謝ってあげるから」
「パスポートも、家にあるだけの現金も、お父様のカードも全部持ち出して」
「………」
なんて注意したらいいのかしらと考えあぐねていると、
橘さんは私に黒光りするカードを見せつけてこう言った。
「先生、駆け落ちしましょう。
今夜の最終便に間に合わなくとも、朝一の飛行機で。
ジンバブエでも、オーストラリアでも、好きなところに連れていって差し上げるわ」
「素敵。
あらでもちょっと待って」
「なんですか?」
「水着、どこにしまったか思い出せないわ」
「そんなものは空港で買ってあげます」
ねえ神さま。
クリスマスだから私にだってこれくらいのプレゼントはいいわよね?
一度使ったっきりのスーツケースに急いで荷物を詰め込んで、
振袖姿の生徒の手をとる。
粉雪だけが私たち行く道を照らしていた。
遠い未来の心配より、今の私たちを満たすのは冒険とスリルと好奇心。
ちょっと歳の離れたテルマ&ルイーズみたいだわ。
「橘さん」
「何ですか、先生」
「どうして先生に会いに来てくれたのかしら?」
成田行きのタクシーの中、橘さんはかんざしを解きながら済まして答えた。
「私は考えなしの行動なんてしません。
逃亡劇はいつかきっと行き詰まります」
「その時は?」
「二人で世界を創るのも悪く無いと思います」
「いい考えだわ。橘さん」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「そして気づいているかしら。後ろの車に」
「ええ、先生。きっとお父様の追っ手です。
運転手さん、急いで」
さて、次の受胎はどこで起こそうかしら。
膝の上のスーツケースを開け、はみ出た喪服をたたみ直す。
そう。私は創世の巫女。
その気になれば世界をひっくり返すことだって朝飯前。
世界が悲しく見えたら私に会いに来て。
きっと力になってあげる。
けれど私たちの行く末は、神さまも知らない。
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