We Wish You a Merry Christmas
今年も最低のクリスマスだ。
何かゴミのようなものが落ちてくると思えば雪だった。
道理で寒いわけだよな。
ポケットに入っているのは明後日観に行くはずのサーカスのチケット。
自宅までの距離を考えて気が滅入ってくる。
「ホワイトクリスマスだね」
寒い中に立ち止まるカップルが、捻りの無いセリフを吐いてはしゃいでいる。
これが30日に降る雪なら「ホワイトみそかだね」とでも言うつもりか。
まぁ、雪は白いよな。ついでに寒いけど。
見ればわかる天気よりも教えてほしいんだけど、
食事してセックスするだけの手順に、どうして今日だけは金と時間をかけているのかをさ。
繁華街のデコレーションは、今日一日だけのために同じ文字を一月も前から貼り付けていた。
街中に同じ曲とカップルが溢れて、降誕祭だというのに街はずいぶんと色気に満ち、
サンタクロースからテレクラのティッシュを受け取り、友達のことなどを思い出してみる。
あいつは今年もサンタの衣装着ているんだろうか。
去年のクリスマスはほんと大変だった。
朝から留置場に出かけてぼくは気が気じゃなくてやめようこんなことを思い出すのは。
新調したばかりのコートに、払っても払っても六花がまとわり染みに変わってゆく。
立ち止まり、見上げれば吸い込まれそうな夜空にしんしんと迫る雪。
明るすぎる夜に照らされ、空の奥行きが目に痛い。
見たことがあるコートが視界の隅に映り、ぼくは世界に視点を戻した。
なんてことはない、あいつとは似ても似つかぬサラリーマンが、ぼくの脇を早足で通り過ぎた。
レトロスタイルのコートは全然似合っていない。
視線で追う間もなく人ごみの中に消える。
彼のことはとっくに忘れた。忘れてしまった。
けれども何かの面影に胸を突かれる感覚だけは、雪よりも粘っこくぼくにまとわりつき、
ほら、いつもの絶望感に内臓が裏返る。
去年のクリスマスは最低だった。
あんな思いは二度とごめんだ。
心配と不安だけを抱えて走り回っていた年の瀬。
それでもお前はいた。
まだ、生きてたんだ。あの頃はね。
望む望まないにも関わらず、雪とクリスマスが万人に降りしきる。
この空をお前も見上げているんだろうか。
お前のいる街も同じ文字のイルミネーションだらけなのか。
お前に降り積もるものを鬱陶しそうに振り払うのか。
それが罪でも罰でも運命でも、ぼくの心でも。
どうか、サンタクロース。ぼくの靴下には何もいらない。
一つだけ願いが叶うならば、せめてあいつが脅えてませんように。
この腕の中にいなくても悪い夢など見ませんように。
この雪があいつにとって暖かいものでありますように。
手の届かないところで絶望が、脆い心を傷つけていませんように。
デパートが垂れ下げている『 Merry Christmas 』の垂れ幕を眺めていたら、
一瞬だけ、そんな暖かい祈りが心を掠めた。
雪が肩に乗るまでのほんのひと時、ただ一人の幸福だけを純粋に願った。
「メリークリスマス」
ああ。
「お前のことは忘れたよ」
そうか。
ぼくの横に立つ御剣の面影は、面影ゆえにぞんざいに返事を返し、すぐにまた雪の中に消えてしまった。
途端にいつもの苦い記憶と恨み言が溢れ出して、ぼくは思い出に鍵をかける。
そうさ忘れることはできる。いつだってね。
「そうだろ?御剣」
ぼくは一人ぼっちで、しばらく雪の中に立っていた。
それから肩に積もった雪を払い、笑顔で世界を呪いながら再び歩き出した。
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